
紙を創る。 vol.2
オランダから、着の身着のまま、言葉も分からないままに、小さな島国へと辿り着き、日本中の和紙工房を訪ね歩いた
一枚の和紙が、一人の青年をオランダから、遠く日本へと呼び寄せた。
たくさんの紙サンプルのなかに見たことのない、変わった感触の紙が一枚だけ紛れ込んでいた。これは何なのか。あらゆる人に聞いてまわったが、誰も分からない。ただ、それが、日本でつくられた紙である、ということだけが分かった。どうしても、この紙をつくっているところを見てみたい。この紙が一体何なのか、知りたい。たった、それだけの、でも、とてもシンプルな理由で、青年は、オランダからシベリア鉄道を経由して、なんとか日本に流れ着いた。今から40年以上前のことである。

ロギール・アウテンボーガルト。高知県梼原に、ロギール氏の和紙工房がある。愛媛と高知の境目に位置する山脈地帯である梼原は、四国カルストや石鎚山から流れくる湧き水に溢れている。和紙は、水が要となる。良き水なくして、良き紙は生まれない。
「正しい製法で仕立てられた紙は、先年の時を経てもその質を保てる」という。そのこだわりは、和紙の原料となる植物を完全無農薬で湧き水だけで育てることから始まる。美しい水と豊かな風土の中で育てられた植物を使い、昔ながらの伝統的な製法で仕立てられた紙は、独特の輝きと透明感に溢れている。

オランダから、着の身着のまま、言葉も分からないままに、小さな島国へと辿り着き、日本中の和紙工房を訪ね歩いたという。日本語が分からないから、文字通り「感じ取る」ことで、和紙を創ることを感覚的に覚えていった。頭で考えるのではなく、感じ取る。見て、覚える。持ち前の観察力と好奇心、そして、その類稀なるセンスで、和紙の極意をどんどん吸収していった。
当時は、まだ、和紙製作が日本でも盛んな頃でもあり、すぐれた感覚と腕をもつ職人がたくさんいた。いくつかの工房を転々としたのちに、訪れた島根県の工房で、言われた一言が、ロギール氏のその後を決定づけた。「和紙をつくりたいなら、原料からつくらないと」。
原料はどこでつくるのか?それは、高知県だから、高知に行かないとー
一枚の和紙に導かれた、オランダ青年は、その言葉の通りに、高知に向う。
かくして、作り手としての人生が始まった。
- PhotosYoshiyuki Mori
- WordsAtsuko Ogawa
- DesignNoriaki Hosaka