紙を創る。 vol.3

時空を超えた、ひとつの物語のような紙は、とてもノスタルジックな空気に満ち溢れている。

ロギール・アウテンボーガルトが創る紙は、詩的で、独特の世界観がある。

それは、いわゆる伝統的な和紙でもなく、西洋のコットンペーパーでもない。ロギール氏だからこそ生み出せる世界があり、そして、それは、時空を超えた「土地の空気を表現したもの」であり、さらに、彼の中に脈々と流れる「西欧の風と時間」が流れていると、私は思う。

いつの日だったか。京都の桂離宮に残された襖紙を見るために、共に訪れたことがある。作品のイメージソースを集めるためにも、京都の伝統的な紙や文様が見てみたいと言われ、いわゆる現代に残された伝統工芸というよりも、過去の「そのままの姿や空気感」がカプセルのように残された場所が良いのでは?と思い、そうだ、桂離宮を見るべきだと思い立ち、訪れたのだった。

桂離宮は、極めて「日本的ではない」空間である。極めて「西洋的なエッセンス」が詰まった場でもある。当時の政変によって、キリシタンが弾圧された時期であり、そして、桂離宮は、その変遷の最中に出来上がったものである。当然、当時のインテリ層やスノッブな層は、西欧の美しい完成された美意識に影響を受けており、桂離宮も御多分に漏れず、そういった「最先端の美の追求」からの影響を大いに受けている。なにせ、茶室とは言え、オープンキッチンが設けられているほど、非常に「モダンな空間」である。

しかしながら、あの場所は、もう一つの隠された意味もあるという。亡くなったキリシタンたちへの「祈り」が「灯篭」という形で表現されているのだ。そのことに非常に反応したのが、ロギール氏だった。「ノスタルジックにも近い、感情を深く揺り動かされた気分だった」と。江戸期は、他国からの流入をシャットアウトした時期でもあったが、一部の知識層を中心に、オランダからの知識や文化が流入し、広く浸透した時期でもある。

青と白のコントラストにより、構成された、千鳥格子の襖紙。それは、実に大胆で、いわゆる柔らかな和のイメージではなく、実に斬新で新しい表現だった。食い入るように、桂離宮の襖紙1点1点を真剣に観察するロギール氏を横目で見ながら、私は、ひとり静かに納得していた。オランダから、彼が導かれるように、この小さな島国に渡ってきたのは、偶然ではなく、実は、極々自然なことだったのではないか、と。

かつて、この国は、オランダからの影響を大いに受けながらも、それを自国の文化として独自に育てていった経緯がある。日本の伝統とは、決して小さな島国だけで完結したわけではない。あらゆる営みや文化が融合して、生まれてきたものである。その蓄積された時間と歴史の流れが、青年だった頃のロギール氏を、この国へと導いたのではなかろうか。

ロギール・アウテンボーガルトにしか創れない紙がある。時空を超えた、ひとつの物語のような紙は、とてもノスタルジックな空気に満ち溢れている。

  • PhotosYoshiyuki Mori
  • WordsAtsuko Ogawa
  • DesignNoriaki Hosaka