人から人へと伝えゆく vol.3

水引の結びは、アートそのものである。実に、美しい。

水引をつくる工房、安藤結納店を訪れた。海沿いの町にある、小さな一軒家が工房になっている。

愛媛県の東側に位置する四国中央市は、製紙工場がひしめく、紙の産地でもある。町の空気は製紙工場から漂う独特の香りがする。ここでは、工業用の紙から、トイレットペーパーなど、ありとあらゆる紙製品が作られている。かつて、この辺りのエリアは宇摩(うま)と呼ばれていて、工業化が進む前は、手工芸の和紙が盛んに作られていた。やがて、機械化が進み、あらゆる紙製品がこの地で作られるようになった。

「伊予水引」もこの地から生まれたものだ。法王山脈の山間で採れる三椏、楮、水、乾燥作業に適した松原に恵まれ、江戸時代の元結(紙を束ねた細い紐)に始まった伊予水引は、手漉きの和紙と共に発展した。元結の素材である水引は、明治以降、金封や結納、水引工芸品として発展していった。現在、伊予水引金封協同組合では、伝統工芸士の方々が地元の学校や地域の人たちに水引の歴史だけでなく、日本の伝統として伝えていく取り組みに力を入れている。

私が訪れた安藤結納店も、伝統工芸士の安藤さんと村上さんのお二人が営む水引の工房だ。お二人ともに、70歳を超えているが、未だ現役の伝統工芸士である。その小さな空間の中には、水引で作られた細密な工芸品が並び、結婚式や結納用に直接オーダーを受けて、大かがりな作品も含めて、創作されている。もともとは、安藤さんの亡くなったご主人が伝統工芸士として、水引の工芸品を生み出されていて、いまでは、お二人がその後を引き継いでいる。

水引の結びは、アートそのものである。実に、美しい。その結い方は、優に500パターンを超えるという。梅結び、宝結びなど、それぞれに名前と意味がある。いずれも「人と人を結びつけることを祝す」もので、結い方に願いが込められている。道具は手だけ。シンプルだが、極上。水引の色も多種多様の色があるのだが、村上さん曰く、「モダンな紅色に勝る色はない」とのこと。その色彩感覚も、実にモダンだ。清い紅色は、佇まいもキリッとしている。村上さんは、華道の師範でもあり、常に美意識を磨いている女性だ。色彩や形状へのこだわり、そして、何よりも、「心を伝える」ことを忘れない人である。

どこか生き物のようにも見える、水引という造形美は、縁を結び、祝い、そして、心と心をつなぐ大切な役割を果たしてくれる。

*参考文献:ジャパングラフvol.3 「愛媛」編集発行元(株)七雲
  • PhotosYoshiyuki Mori
  • WordsAtsuko Ogawa
  • DesignNoriaki Hosaka