「糸は空気を織り上げる」 vol.1

糸は空気を織り上げる。人々の営みやその地に流れる、風や光や時間の積み重ねをも、やわらかく織り上げていく。

糸に選ばれた土地がある。

ー愛媛県今治市。
今では、タオルの産地として名高いが、古の頃から、愛媛ー伊予の国では、絹織物などの織物が盛んな土地だった。

奈良・正倉院に当時の日本各地から納められた宝物が、今でも大切に保管されている。そのなかに、「伊豫國越智郡石井郷戸主葛木部龍調絁6丈天平18年9月」と墨書された絁(あしぎぬ)がある。

日本の国内各地から税(調)として納められた絁は、それぞれの地において育てられた蚕から作られた絹糸で織られたもので、いわば、それぞれの土地の気候風土や歴史がすべて「糸と織」に込められたもの。例えるならば、各地の「テロワール」を表したもの、と言っても過言ではない。

1993年から行われた「正倉院裂復元模造」によって、当時の絁についても分析が進み、伊予の絁についても、糸や織の調査が実施された。正倉院裂の製作年代を考慮すると古代種に最も近いとされている「小石丸」の糸が最適と考えられ、上皇后陛下が大切に飼育されていた小石丸が、その復元作業に用いられた。各地によって、糸の太さや織りの密度、精錬といった仕上技術も異なるため、約2年間をかけ、相当に細密な分析が行われたという。

細い糸を、撚りを掛けずに、やわらかに織り上げる。

これが、伊予国の「糸と織」の特徴である。この特性は、現代の今治で織り上げられるタオルをどこか、想起させる。この地に残された歴史や風土や人々の営みが、自然な流れとして、いまに受け継がれているかのようだ。

糸は空気を織り上げる。
人々の営みやその地に流れる、風や光や時間の積み重ねをも、やわらかく織り上げていく。

参考文献:「繭〔小石丸〕を用いた正倉院裂の復元模造」著:森克已 正倉院紀要 / 宮内庁正倉院事務所 編 (27) 2005.3 p.1~46

  • PhotosYoshiyuki Mori
  • WordsAtsuko Ogawa
  • DesignNoriaki Hosaka