
糸は空気を織り上げる vol.3
石鎚山から流れくる伏流水をふんだんに使い、タオル1枚1枚が、水にそよぐかのごとく、洗われているーなんとも贅沢な光景であった。
四国は東西に渡って山脈が広がっており、徳島県・剣山(つるぎさん)から、愛媛県・石鎚山(いしづちさん)に至るまで、1500m超えの山が20座近く連なる。それは、四国というひとつの大きな島を支える背骨のようでもあり、この山脈こそが、島全体の豊かな自然環境をつくりだし、そして、清冽な水をもたらす。
山脈の北側には、中央構造線と呼ばれる大断層が、海岸に沿って東西に走り、伊予三島市から西条市にかけて、石鎚断層崖(いしづちだんそうがい)が走っている。そのため、山から瀬戸内側に流れる川は急勾配で落下し、水が淀むことなく、海に注がれる。
愛媛県西条市は、四国圏内では、言わずと知れた「水所」である。地下水源が豊富で、その水は、いまだかつて、枯れたことがない。先端を加工した鋼管を15mから30mほど打ち込むだけで地下水が湧き出るという自噴地帯でもある。西条平野(さいじょうへいや)と周桑平野(しゅうそうへいや)という2つの平野が海岸沿いに向かって扇状に広がり、山間部に降り注いだ雨がすべて西条市に流れこんでくる。

家庭用の自噴井は西条平野に2000本、周桑平野に650本あり、これとは別に灌漑(かんがい)用の井戸も多数存在する。地上に湧き出る地下水をこの地域では<うちぬき>という名称で、呼ばれている。地下水でほとんど必要な水がまかなえるため、上水道の普及率も、市全体のわずか50%程度である。
湧水の泉も51ヶ所もあるなど、西条全体に「水がふんだんに溢れている」。用水路のない水田には、うちぬきからの地下水が直接注ぎ込まれている。うちぬきがあることによって、地下水の循環が促され、湛水が防止され、浄化作用が繰り返し行われているため、淀むことなく、清らかで、軟らかく、美しい水が常に循環し、溢れ続けている。


タオルの洗いや染めなど、いわゆる「仕上げ加工」を一手に担う、川上工芸所は西条市に位置する。この工房で使われる水も、もちろん、うちぬきの水である。石鎚山から流れくる伏流水をふんだんに使い、タオル1枚1枚が、水にそよぐかのごとく、洗われているーなんとも贅沢な光景であった。
さらに、特別に編み出したという仕上げ工法ー「酵素」によって、綿糸に含まれる不純物を取り除き、コットン本来の性質をとことん引き出すことに注力している。さらに、牛脂成分たっぷりの石鹸油脂を糸一本一本にコーティングさせることで、糸に一切のダメージを与えることなく、仕上げていく。通常は『やわらかい』テクスチャーを「あえて感じさせる」ために、仕上げの工程で柔軟剤など類を使用するケースも多いなか、一切の妥協もない。ここで仕上げられたタオルは、自宅で洗う際にも、柔軟剤は必要なく、この「糸本来のやわらかさ」が、基本的に損なわれることはないという。


工房は、さながら、実験室のようでもあり、「糸のための治療室」のようでもあった。最上の技術と最上の水ー清冽で、清らかな水が無ければ、この技術はなし得なかったという。いい水があるからこそ、いいものが生まれる。いいものを作るための飽くなき追求と好奇心の塊は、この地に溢れ続ける水のように、留まることを知らないようだ。
- PhotosYoshiyuki Mori
- WordsAtsuko Ogawa
- DesignNoriaki Hosaka