
糸は空気を織り上げる vol.4
この地に流れるたくさんの時間と記憶も、空気とともに、織り上げられていく。タオルは、今治の姿、そのものなのだ。
「大阪へ晩の船で行って1日まわって、また晩の船で今治へ帰って、向こうで聞いたことをもとにして織りの工夫を考えました。年末などは、晩の満席の船で大阪へ行って1日中問屋まわって、その日の夜行で東京へ行って、東京駅の朝風呂に入って9時ころから東京の問屋をまわって、そしてまた大阪へ帰ってもう一度商売をしてというふうに、3日も4日も働きました。そのようにして、タオルの糸がどう、目方がどう、値段がいくら、織物設計と単価の決め方、紋紙と機械、タオルの生産量などが全部分かるようになりました。」(愛媛県史・えひめの記憶より)

今治という地に、はじめて足を踏み入れ、最も印象的だったのは「人」である。温暖でさわやかな風が流れる港町らしく、その気質も解放的で温かい。けれども、その一方で、「いいものをつくる」ことへのこだわりは、並大抵のものではない。特に、タオル業に携わる人々は、皆共通して「朝から晩までタオルの話」しかしていないのではないか、というぐらいタオルにすべてを賭けて生きている。人生のすべてを賭けている。

タオルの織り工房へと足を踏み入れた。100年続く老舗のタオル工房ー正岡タオルでは、「本物を作り続ける」という職人としてのスピリットが大切に受け継がれている。国内の一流ホテル向けに、最高級のタオルを数多く生み出し続けるその背景には、丁寧な織りの技術もさる事ながら、糸から独自に作る、徹底的なこだわりがある。アメリカ・カルフォルニアのサンホーキンバレーで栽培される綿から、太番手のオリジナルの糸を作り出し、パイル長やボリュームなど、緻密な計算の上、美しいテキスタイルに織り上げていく。一流のホテル(錚々たるメンツであった)それぞれの持つ空気感や価値観に合わせて、糸から織りの工程に至るまで、すべてをオーダーメイドで設計するという。表情もテクスチャーも全く違う。
工房内では、何十台もの織機が凄まじい音を立てて、何種類ものタオルを織り上げていた。「スピードだけを優先するといいものは作れない」ー古く重厚感のあるイタリアの織機も数台並び、フル稼働していた。均等なループ状の糸が丁寧に織り込まれていく。タオルが、これ程までに気品のある佇まいのテキスタイルだと感じたのは、初めての経験だった。織りのスピードや効率は、最新の機械には敵わないが、その表情の美しさには格別のものがあり、それは最新の機械では、未だに、なし得ないものだ。
糸1本1本の中に、人間の知恵と工夫が詰まっている。そして、この地に流れるたくさんの時間と記憶も、空気とともに、織り上げられていく。タオルは、今治の姿、そのものなのだ。


「タオルびと」という記録がある。今治市立図書館で、独自に企画から取材をし、データベース化しているものである。記録は2012年から現在に至るまで続いている。企画の主旨については、以下のように書かれており、ここに紹介したい。
「今治市立図書館で、地域の公共図書館がおこなうビジネス支援、ことさら地場産業支援に関するサービスにおいて、地元内外の出版を問わず網羅的に情報を収集し、提供するよう努めている。なかでも、今治の織物やタオルの歴史は、過去たくさんの方々の研究により記録として残され、今治市立図書館所蔵の資料も多くの利用者に活用されている。しかしながら、戦後から現代に至るまでの資料が少ないというのが現状である。今回の企画は、城西大学辻智佐子准教授のご協力のもと、戦後から高度成長期を経て、現在に至るまでのタオル業界の経緯を関係者からインダビューし、タオル業界を支えてきた方たちの記憶を記録に残すことを目的とする。将来的にはこの資料は今治のタオルの歴史の重要な資料群のひとつとして、役立てていただきたい。タオル業界に携わってきた方々の技術開発・思想は、今治地方に生きてきたわたくしたちの先祖からの今治人の気質そのものである。モノづくりの原点は「ひと!」である。タオル業界に携わってきた方々の足跡をたどることで、今治人気質を、タオル業界の方だけでなく、みなさんに感じていただきたい。」
それぞれの生い立ちから、修行時代、独立時代、そして開発へのこだわりなど、各人丁寧にインタビューした記録。それらは、まさに「人の記憶の記録」である。
人がものを生み出し、そして、そこからたくさんの物語が生まれてくる。
●今治市立図書館・データベース「タオルびと」は下記のリンク先から
http://www.library.imabari.ehime.jp/towelbito/index.html
- PhotosYoshiyuki Mori
- WordsAtsuko Ogawa
- DesignNoriaki Hosaka